kosukehirai

これは備忘録若しくは何年後かの私に向けたメッセージ

老婆の彼女#3

※これは僕の空想上の自分である。エッセイ風の小説だ。

 

 老婆はため息なのか深呼吸なのかわからないほどの息を吐き、口を開いた。

「当時、付き合っていた。」

 僕は動揺してしまった。それでも平然を装わなければいけないと思い、唇を噛んで深く頷いた。足はずっと座っていたからなのか痺れて感覚があまりしない。老婆は続けた。

「横浜は戦後に復興が遅れた。戦災と連合軍の進駐。私らは当時そう言われたって何のことかよくわかっていなかった。でも色んな大人はそう言っていた。そうして、その意味がようやく分かるようになってきた時に彼女に会った。」

 老婆は息継ぎをするように鼻と口で一杯に空気を入れ直した。

「何も不自由はないと私は思っていた。でも。」

 老婆は口を噤んだ。ほんのりと充血し濁った白目とは裏腹に、綺麗に透き通った涙がそこに浮いている。

 僕はそのまま黙り込んでいるしかなかった。

「でも、あれは梅雨が特にひどかった年。いつも通り仕事終えて帰ってきたら、彼女は首を吊って待っていた。彼女の寝室で。私は立ち上がることが出来なかった。その時、喉にせりあがるのを感じながら、漂う臭いや目も当てられないその姿がオートマティックに焼き付いてきた。」

 老婆の声や手振りが本来よりも嫌にリアリティを演出する。まるで、最近起こった事のような。そんな話しぶりである。

「ごめんなさいねえ。こんな話。」

 嫌悪の表情が出てしまっていたのかもしれない。

「いや、大丈夫です。」

 全然大丈夫ではない。下半身は血が回らず感覚はないし、寒気は止まらないし。僕は先ほど出されたお茶をようやく啜った。

「そこにあるんだけど。手紙が」

 老婆は仏壇に近づき、その右の方の隙間を手探りしている。そして、何やら新しめの白い封筒を取り出した。

「これ。」そう言って舐めるように封筒を見た後に僕に渡してきた。

 真っ白な封筒の中に、四つ折りにされた茶色い紙が入っていた。あんまりがっつりと触りたいものでは無く、別に潔癖症というわけでもないのに指先でつまんで開こうとしてしまったが、老婆にそうは悟られたくなかったので我慢して少々大げさに触って見せた。

手紙にはこう書いてある。

『すいません。

 あたしはもうたえられない。ひととちがうことをどうしてものみこめない。まわりの目がつめたい。友だちもおやも。いつまでもけっこんをしないで、同性とすんでいることを不気味がられている気がする。

 ものごころついたときから、おかしいのはあたしではなくてこの社会なんだっていいきかせてきた。

 ねえ、さっちゃんはどうおもう?おかしいのはあたしなの?まだあたしは言葉づかいとか、格好とかでガマンしなくちゃいけないの?

 でもね、さっちゃんのおかげでここまでこれたよ。さっちゃんのとなりがあたしの居場所だった。

 だけどこの前、さっちゃんがしごとなかまの男のひとと歩いてるの見た時、シットとかではなくて、すごくすごく楽しそうに。あたしも見たことないぐらい楽しそうにあるいてたの。

 そのときにね、急に居場所が消えたかんじがして、あたしってどこにいるんだろうっておもったの。

 ごめんなさい。

 こんなこと書いたって、さっちゃんを苦しめてしまうだけになってしまうかもしれない。そうおもうのもただあたしだけがおもいあがっているだけなのかもしれない。

 でもね、くりかえしだけど、さっちゃんのおかげでこれまで生きれたよ。

 ありがとう。じゃあね。 美代子』

 

 

 

 

 

 

老婆の彼女#2

※これは僕の空想上の自分である。エッセイ風の小説だ。

 

 中からはいかにも老婆らしい老婆が出てきた。真っ白で縮れた髪の束を後ろの方で結って丸めている。

 血管の浮き出た左手に右手を重ね、両腕で握られた杖が腰を支えている。第三の足だ。そう思ってしまう程その杖には負荷がかかっているように見える。

「何かそんなに不思議ですか」老婆はか細く震えた声で言った。

「いや、珍しいなと思って。これ全部作り物なんですね。」

「ああ、いつからだったかなあ。初めはホンモノだったんだけど。まあ、立ち話も疲れるからお上がり。」そう言いながら私の返事はそっちのけに、家の中に入っていった。

 僕は少し躊躇したが、何もこの後予定とかは無いので拒む理由も無いかと思い、その老婆の後ろをついて行った。

ドンッ、ミシッミシッ、ドンッ、ミシッミシッ、ドンッ、ミシッミシッ

 杖が床を叩く音と僕の歩く時の床の音が交互に奏でる。この家が僕を歓迎しているようにも感じる。

ドンッ、ミシッミシッ、ドンッ、ミシッミシッ、ドンッ

「あそこにでもかけてて。お茶でも入れてきます。」そう言って奥の台所らしき所に入っていった。

 僕は言われた通りの所へ行き、赤い花柄の座布団に座った。部屋の真ん中にはどっしりとした木製のテーブルが据えられている。もう先ほどまで痛いほど浴びていた斜光すら届かなくなっていて、周りに何があるのかはっきりは分からない。

 ここにきている朧げな光は、反射に反射を重ねてようやく届いているものであるようであるが、そんな光たちが不自然に一点に集まっている場所を見つけた。

 仏壇だろうか。両開きの扉が、僕の祖父母の家で見たことあるようなのと遜色がない。

 勝手に開けても良いものなのだろうか。集まった光を背中で浴びて、それが僕を後押しする。

 取っ手を持ち、そうっと引いた。

 ダンッ、ダン

 磁石で留まっていた扉を引きはがす。なんの変哲もない仏壇だ。ブラックのボディに金色の装飾があしらわれている。

 折り畳みの扉を開くと、娘さんらしき写真があった。20代の半ばほどだろう。写真がモノクロなのは何かの趣味なんだろうか。しかしその背景に加工はなく、日常を切り取ったようなのをそのまま使用しているので変にどこか古臭さがある。

 その周りや隙間には埃1つ見当たらなく、装飾品も綺麗に保たれていてよく手入れされているのが分かった。あの老婆がこんな高いとこどうやって掃除しているのだろう、とか余計なことまで考えていた。

 

「ここにいたんですか」後ろから声がしたので振り向くと、目も開けられないほど眩しかった。

「あ、ごめんなさい。勝手に」僕は目が開かなかったが、後ろにいるのは老婆しかいないとわかっていたので、とりあえず謝った。

 僕はこの光が当たらない場所に移動し、やっと直視した。老婆は湯飲みを乗せたお盆を持っていたが、腰が曲がり過ぎていてただ持っているだけなのか、僕に渡そうとしているのかは定かではなかった。

「彼女は、もう60年ぐらい前の話かな。亡くなったのは」老婆は僕の前にお盆を置きながら言った。

「60年前って、どういうことですか。娘さんかと思ってました」

「だったら、わざわざ白黒になんかせんよ」老婆は微笑みを浮かべながら写真を見つめている。

 ご存命の娘さんごめんなさい。僕は今日謝ってばっかりだ。

 では、一体誰なんだろうか。親友の類だろうか。しかし友人の仏壇を作るなんてことがあるのだろうか。そんな猟奇的なことがあるんだろうか。

 僕は何もわからなくて黙ってしまった。

 

 

 

 

 

 

老婆の彼女#1

※これは僕の空想上の自分である。エッセイ風の小説だ。

 

時計を確認すると夕方の5時半だった。

僕は久しぶりに通った道に奇妙な一軒家を見つけた。壁一面がツタで覆われていて、ところどころに名前も知らない花があしらわれている。

西日は鋭く僕らを照らしているが、このツタや花は一向に無表情のままであるように感じた。辛くもないし、嬉しくもない。そんな風だ。別に普段は物にも感情があるなんて思わないけれど、この時ばかりはそう感じた。

僕は何かに引き付けられるように近づいていった。ここで僕の奇妙さが拭えない理由がようやく一つ分かった。

これらの植物は全部作り物なのだ。壁を覆っているツタも。この名前も知らない赤い花も。自分の手で触って確認してもわからないほど精巧に作られている。最終的には、この赤い花の香りを嗅いでようやくわかった。

玄関の前には少し控えめな門があり、それもツタで覆われている。表札も何もかも覆ってしまっている。

この家の一つ一つの異様さに呆気を取られていると、間もなくしてキィィと扉が開く音がした。

「なにか用ですか」

 

ぼくは何人間#2

※これは僕の空想上の自分である。エッセイ風の小説だ。

 

コンビニ人間」は面白くて一気に読み終えてしまった。文庫本の中では薄い方であるから集中力も途切れることは無かった。

 

こんなにも一冊の本を一日で一気に読み終えてしまうのは初めての体験であった。

 

電車の中では、ほとんどがスマホを眺めていて。その中で意思表示としての読書をする。

 

他とは違うアピールをするための読書。服装。髪型。

 

いったん本を取り出しさえすれば、読書はできる。その時点で力点は「僕は空いている時間に本を読む」アピールではなく、ストーリーの内容に意識を向けるよう心掛ける。

 

そんな風に本を読んでしまう自分に引け目を感じて、誰も見ていない自分の部屋とかでも読もうとしてみる。

 

こんなにも不純でダサい動機は無いな。と思いながら、「自分ではそれをわかっている」ことを免罪符にしている。

 

僕が何かをしようとする動機はファッションから始まる。それはあまりに人の目を気にしすぎているからだ。

 

バイトを選ぶときも、「カフェとかお洒落なバイトをしている人は、そういう自分が好きなんだ」と思われそうだとか感じてしまう。そうして結局、近場のスーパーのバイトをしている。

 

何を好きになるにも嫌いになるにも、まずファッションから考えてしまうから、本当に自分の没頭したいことや趣味、好きなものを見失う時がある。でも、ファッションから始まる趣味でも自分が楽しめていればそれでいいと思えたりもする。

 

自分と同じような服装をした人を見かけると、僕と何か同じような部分があるのかなと思ってしまう。

 

僕の好意が散乱している。「これは好き」「これは嫌い」とはっきりしない。世界中のどこかにはそれを好きな人がいて、その知りもしない誰かの気持ちを、好意を、理解しようとしてしまう。

 

好きな人の好きなものを自分も好きになってしまうように。

 

もしかしたら、僕は人間が好きなのかもしれない。

 

「人間好き人間」

 

なんか変態みたいだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼくは何人間#1

※これは僕の空想上の自分である。エッセイ風の小説だ。

 

有隣堂書店にいる時、「コンビニ人間」という小説に目が留まった。この小説は芥川賞受賞作であり非常に有名であるし、名前だけでも聞いたことがあるという方も多いのではないだろか。

 

最近、僕の中で「―人間」というフレーズを良く見聞きすることがある。それこそラジオの中や好きな芸人のエッセイ本の中だったり。

 

そういうこともあってか、村田沙耶香さんの「コンビニ人間」を何かに誘われるように手に取り、その文庫本の薄さに少し驚きながらもレジに運んだ。

 

「まだコンビニ人間読んでないんだこの人」とすれ違う人々や店員に思われないかなとか、誰もそんなに注目しているはずはないのに感じたりする。

 

「そんなはずはない」と心の中では唱えていても、毎回どの本を買うにしてもブックカバーを頼んでしまうのはそういったことが関係しているのかもしれない。

 

そのたびに自分がいかに自意識過剰なのかということが手に取るようにわかる。

 

少し脇道に逸れてしまったが、僕は「コンビニ人間」のレビューをしに来たわけではないし、自分の感じたことをただ淡々と紹介する場でもない。

 

「ぼくは何人間なのか」

 

一言で表すとどういう人間だと言えるのだろうか。

 

ふと「コンビニ人間」を読み終えた時、僕はスタバで一人考えていた。

 

その周囲の声をできるだけ遮ろうと、ノイズキャンセリングイヤホンをこれでもかという程、耳にねじ込んだ。

 

それでも聞こえてくるので、まずは周りの人々と相対的に自分はどんな人間かを考えてみることにした。

 

カップル、受験生(?)、カップル、カップル、カップル、仕事仲間(?)、友達同士(?)、カップル、夫婦(?)

 

そうか、僕はスタバでは「ぼっち人間」らしい。

 

いや、「一匹狼人間」としたいところである。

 

「一人でいることは別に好きだからいい。そうしたくてそうしている。」

と、自分に言い聞かせる。

 

ちなみに、僕の隣の人は「ベーコンとほうれん草のキッシュ彼の口に運び運び人間」である。

 

何とも語呂がわるい。

 

もう夜の9時も回り、外に出ることにした。ドリップコーヒーのショート一杯でかれこれ4時間はいるので、そろそろタチの悪い迷惑客になりかねないとも思った。

 

横浜の街は、日曜日ということもあってかいつにも増して賑わっている。

 

どこかのブランドの大きな袋を両手にぶら下げた人々やこれから飲み屋を探そうとしている集団。

 

ひとたび自分を客観的に見てみようと横浜を鳥瞰したら、自分の存在なんて埋もれてしまうのではないか。

 

だから、自分は他人とは違う性質を持った「―人間」である事を望み、いったんは「―人間」であると自分を理解したつもりでも、「こういう人、他にもいるよな」と自分を定義することに恐怖を覚える。

 

そうだ、怖いのかもしれない。

 

名刺だって何を書けばいい?自己紹介は何を言えばいい?

 

ぼくは何人間?